「なんにも無い部屋だけど。まあ、あがってあがって」
ようやくそいつの部屋に上がれたが、
「本当に何にもないな……」4畳半"だけ"の部屋だった。だが部屋のカドのスミに「ツボみたいなのがあるけど」壷があった。
布団とかしまう場所もないようだが、どう寝てるんだこいつはと思った。
「まあ壷はあるね。ちょっと待ってね今飲み物出すから……うぐッ」
とそいつは突然うずくまった。
「腹が痛い!ちょっとトイレ行ってくる。トイレは共同で、外にあるんだよ。ああ、言っとくけどその壷には触らないでね。危ないから。絶対さわらないで」
そいつは、さっき食べたイタリア料理のチーズが原因、かどうかは知らんが、とにかく俺を部屋に残して出て行ってしまった。
部屋を見ると、うーん、まあ見るものはなにもない。あるのは一方に窓のある壁、天井、床、そして入り口のドアだけだ……壷を除けば。
その40センチくらいの高さの、大きくパーに開いた手がちょうど通るくらいの口のある、陶器っぽい大きな丸い茶色の壷は、あいつ曰く危ないらしい。
何もすることが無かった。さわってみたくなるのはきわめて当然なことだろう。絶対さわるな危ない、というのがネタフリのように聞えてしまう。そういったネタフリだと思ったものにノってみて失敗したという経験は、あったかな? あったかもしれない。とりあえず今のところは触らないでおこうと思った。だが誘惑は何もすることが無い時間とともに大きくなった。ちょっと中をのぞいてみようかというところで、そいつがトイレを済ませて帰ってきた。
「ごめん、お待たせ。飲み物出すよ」
そしておもむろに壷の横に座り、壷に手を突っ込んだ。
「危ないんじゃないのかよ!」
「いや、わたしは大丈夫なんだよ」
そして壷からカップ2つとペットボトルのウーロン茶を出した。ウーロン茶は残り半分くらいだった。
「何? 冷蔵庫なのこれ?」
そいつはニヤニヤした。そして言った。
「おしえてあげません」
「ああそう、てか冷蔵庫……じゃないのか。とにかくペットボトルクーラーは危なくはないだろ」
「いや、防犯システムがついてるから危ないんだよ」
そいつはまた壷に手を突っ込み、座布団と週刊少年チャンピオンを出した。座布団も雑誌も縦長に丸まった状態で壷から引きずり出された。
「ええぇ?どっから出てきたんだよ!別の次元!?」
「おしえてあげません」
「ああ、地下からか。壷の底が収納スペースにつながってて」
「おしえてあげません」
「おまえが毎日着替える服とかまで入ってるのか?」
「おしえてあげません」
そいつは手品のタネを明かすのをじらして楽しんでいるようだった。おしえてあげませんの連発にはイラっときた。
「ちょっと見せてみろ」
俺は強引に壷を覗き込んでみた。中には壷の底だけしかなかった。
「ああ、この底が開くんだろ?それで」俺は手を突っ込んで調べようとした。
「手を入れたら危ないって言ってんのに!」
手を突っ込んでしまった。
ガブリ!
「ぐあ痛え!」
噛まれた。痛かった。
「痛い痛い!ていうか、えぇ?これ外れないんだけど!?」
「だから言ったじゃん、防犯システムだよ。あーあ」
そいつが、防犯システムがきちんと作動して嬉しがっているように、俺には感じられた。
「ちょ、外してくれよ」
「外し方は……説明書に書いてあったっけ」
「早く!痛い痛い!」
「あ、説明書は中だった」
「この壷のか?」
「そうその壷の」
「チクショー!」
結局、そいつが地下の収納スペースへの秘密の階段を下りて中から説明書を見つけ出してきて手からキバを外すまで2時間かかった。
「壷のリヤルグレップ機能なら0.5秒でみつかるんだよ。そんで10秒以内に手に取れる。それに一見部屋になにもないから盗難防止は完璧でしょ? 泥棒が手を突っ込んだら、こうなるし」