風雪のルフ

「『明日、雪が降るかどうか』が分かるヤツってのはいるんだよ。現在地の雲ゆき、気温、湿り気、風、月や星の見え方、自分の唇や太股や頬の感触、それに加えてその場所から離れたいくつかの地点での同じような気温などなど。そういうのをひっくるめた情報から、今から明日までの天気を知ってしまうという術があるんだよ」
「『雪の日には絶対負けない』って、何かおかしくないか? だってさ、決闘に負けたら普通死んじゃうだろ? 要するにそいつは確かに負けてはいないかもしれないが、『雪の日にしか決闘しない』ってだけのハナシじゃないか?」

「娘が倉庫から大声でわめきながら走ってきてね。飼葉が半分以上出されて、そうです撒き散らしてあって、変わりに山積みなんだから。大根が。中にはグチャっと潰されたようなのやボキっと折れたような大根もあった。飼葉は減ってはいなかったみたいだね。倉庫の外に撒かれてただけで。でもね、それを隣の……隣がどこかって?いやこっから歩いて1時間もしないよ、その隣の店屋に話したら、そりゃ面白い、ウチで全部ツケモノにして出すよってね、店屋ってか食事屋兼雑貨屋みたいな店だよ。全部買い取ってもらえたんだよ。店屋でちょうど、大根のツケモノの注文があったけど、いや置いない、ってハナシが出てたところらしくてね。大根の出所? まあ誰かの意味不明なイタズラってとこでしょう。いや、本当に意味不明すぎますがねあははは」

「季節外れの雪だったね。すごく寒くて。夕方から吹雪きだして。この季節に降るなんてありえないですよね。まあそれで、こりゃ大根は全滅かなと思った。最初はね。で、次の日の朝ちょっと雪かきしたんですよ。そしたら、引っこ抜かれてた。昼まで雪かきして、ちょっと見たところだけでも全部抜かれてた。あっちから、ここまでね。どこにって?いやだから、盗まれたんですよ。誰かに。盗んでも、どうするんですかね。貴重な大根にはなったでしょうけど、それを売りさばくルートがあるんでしょうかね。わからないです。もちろん怒りもありますよ、でもそれ以上に不思議だなーって」

「ツケモノに金属の塊が入ってた。鉛だと思う。ガリっていって、かすかにグニって感じもあったような。歯がちょっと欠けたかもしれない。でもね、そんなことでいちいち文句付けるのはバカバカしいよ。少なくとも俺はそう思ってる。いちいち文句つけるのが趣味の域に達してる人ってのもいるらしいけどさ、俺はその対極にいるんだろうなって思うこともある。金属を噛んだのはもちろんアンラッキーだとは思うけどね。でもよろこんじゃあいないし、アタリでラッキーだなって冗談で返されるとちょっとイラっとくる」

「市で、すごく安かったんですよ。怪しいくらい。でも、お一人様5本まで、って。みんなよってたかって買ってて。でも、その大根を買った次の日でした。私が知ったのは。大根高価買取ってあの田舎の店屋が言ってるのを知ったのはね。それで、近所のみんなでまとめて、買った大根をその店屋に売りつけました。このへんじゃあ大根料理はあんまり流行ってないんですよ、不思議かもしれませんが。それでも安かったから買っちゃったのが、得になるならってことで売っちゃいました。まあ、ちょっとしたもうけ物って感じでしたね」

「その、うちの隣の牧場主以外で? 大根を売りにきた人ねえ。そりゃ、いましたよ、たくさん。まあツケモノを始めて、ちょうど大根が全部なくなるかなくならないかってときに『大根高価買取』のお知らせを出したら、ドバっときました。なんかみなさん少し前に市で買ったものの、もてあましてるとかでね。もうウチのツケモノは、どういうわけか、そのくらい有名になっちゃっててね。『冷害にも耐えた強い大根だ』っていう売り文句がウチの定番ですよ。もうこの地方の名物になるまでやりますよ、『雪に勝ツケモノ』。大根がどうやら山の農家から盗まれたモノだって話がありますが、実は、あちらの農家さんところとはもう専属契約してるんですよ。大根の質も、もちろん最高ですよ」

「決闘に負けたながらそれでも生き延びるヤツというのはいる。たとえば俺だ。俺は負けた。流れ者との秘密の決闘だから、ここで話さなければ、負けたということは誰にも知られないのだがね、本当は。そうだな、恐ろしく寒かった。そしてどう考えても季節外れ過ぎる吹雪がはじまったのは決闘の約束の時間のちょうど1時間前だったか。吹雪がいよいよ強くなった約束の時間に、アイツは雪をまとって現れた。アイツの灰色のマントは白い塊の雪にまみれていたが、アイツは体中のその白まみれを気にすることなく着こなしているかのようだった。それを見たとき思い出した、雪の季節に聞いた噂話を。決闘が始まった。俺の撃った弾丸は確かにアイツの腹に命中した。アイツの撃った弾丸は俺の手の甲に命中した。俺の撃たれたのは利き手ではかったのでまだ銃をかまえられた。俺の勝ちか? だが、アイツは撃たれながら倒れなかった。直前に脳裏をかすめた噂話は俺をいくらか疑念と恐怖のまじった心持ちにさせた。そして俺の2発目は、アイツ半歩横の空間を抜けていった。アイツの2発目は俺の利き腕側の肩に命中した。俺は銃を落とした。だがこちらもアイツの腹に命中させている、引き分けか? いや、俺の負けだった。アイツは服の下に防具をつけていた。俺は、お前は卑怯だと、お前の勝ちに名誉などないと、罵りたかった。氷と雪で固めた野菜を大量にマントの下に入れての決闘など……雪がその防具を隠していた。『噂に聞く“雪の銃使い”はお前か?』ときいてみた。そいつはニヤリと笑った。『そういう噂話をしてみたことはある。雪の日にそいつに負けるのは仕方がない。だが雪の日にそいつを倒せたら、それは物凄い名誉だ。そいつは雪と風をまとい、雪と風がそいつを無敵にする。そういう噂話なら、したことはある』アイツは俺をおめおめと生き延びさせた。その、俺はこの恥を負ったという点で、俺はアイツに負けなわけだ。アイツは傷の応急処置をしてくれやがった。それからアイツは俺に応急処置のお礼を要求してきた。『ツケモノは好きか?』と。俺とその場にいた部下2人はこき使われた。アイツのツケモノの普及に対する執着に」