「ヴァンサン館」

ラルフ・ヴァンサン氏が自ら建てて住んでいた邸宅。「ヴァンサン館事件」――ヴァンサン氏は建築基準法違反で逮捕され、その後ヴァンサン館は、異例の「撤去」を国から求められた。建築基準法を厳密に守っている建物は全建築物のうちの5割にも満たない、つまり残りの5割に含まれるあらゆる建築物は厳密に見れば建築基準法違反だとヴァンサン氏は反論した「これは法定速度を2キロ超えただけで逮捕されたのと同じだ」。しかしヴァンサン氏は特に争う姿勢を見せているわけではなく、執行猶予付きの刑を受けた。この逮捕の真の意味は、ヴァンサン氏が夜な夜な大量の牛肉を焼いてたらふく食べていたことに関していた。ヴァンサン館の前の通りには肉の焼けるいい匂いが毎日垂れ流されていて、その「迷惑」はヴァンサン氏本人以外の当事者からすると計り知れないほどであった。しかしこれを法的に「迷惑行為」とすることは誰にもできなかったのだ。だがとりあえず迷惑だという陳情をきいたヴァンサン氏は肉を焼くことをやめ、食べることもやめた(彼自身の持つ忍耐力の限界に挑戦するかのように)。それで一時は解決したかに思えたが、どういうわけか誰も肉を焼いていないのにヴァンサン館からは肉の匂いが漂い続けた。館それ自体を無くさない限り、バーベキューの匂いは永遠に垂れ流され続けるだろうと、当事者ならば誰でもが思ったという。そして、ヴァンサン館は撤去された。もちろん、撤去された後にも肉を焼くとてもいい匂いは20年以上そこに虚空から漂い続けたという後日談が、ここに書かれなければならないだろう。