ジサツィズム

俺は悠という名前だ。死にたい。色々あって非常に鬱な状態だ。ユウがウツだなんてつまらないダジャレに対しても、寒さのほかに心臓をドスドス氷柱で潰されるような圧迫感も感じる。
リストカットは試した。スゴく痛かった。でもダメだった。
5リットル近く血を流してもどんどん血液がわきあがってくる。体の構成物質がどんどんどこかわからないところから生成されて、修復されてしまうのだ。傷口もギコギコと切断し続けないとすぐ治ってしまう。風呂場の排水溝から流れる血を見て、もし下水を見る人がいたら赤く染まった水を不審に思われてしまうのではないかと不安になった。
焼身自殺も試した。灯油を頭からドクドクとかぶり、火をつける。これは誰もいない夜の河原で、鉄道の橋の下でやった。皮膚の表面からズクズクと焼かれ、呼吸が出来ず、もがけばもがくほどまとわりついてくるかのような液状の炎は俺の表面を焼き続けるが、焼かれた皮膚の下からどんどん新しい皮膚が生成されてしまう。物凄く熱くて苦しい。のた打ち回った。呼吸できないはずだが、なぜか意識は少しずつ長い時間をかけてようやく消えていく。意識を失うことには成功した。しかし黒焦げの服の残骸を身にまとって火が消えた中に倒れているのに気が付いたときには、半裸のからだには傷一つ無く無事だった。この後になって、河原で人魂のような火の玉が見られたという噂になっているのをどこかで聞いた。
頚動脈切断も試した。リスカと同じ理由でダメだった。心臓を突いてもダメだ。首吊りも。脳に血液がいかなくなって死ぬはずだが、吊って意識が無くなって、しばらくしたら首を吊った状態で平然としていられるような状態になっていた。脳が死にそうになったのを感知した何かがどこかから脳へ栄養を送っているのだろう。
飛び降りは。1、2回目では脚や腕や腰を骨折して、すぐに治って失敗した。3回目には、確実に頭が粉砕されるように脳天から地面に直撃したが、飛び散った脳を補完するかのようにすぐに脳が生成されてしまう。ぶちまけた脳漿や血液の汚れはそのままにしといたら、俺が住んでいるところから1kmほどはなれたその飛び降り現場マンションでは「飛び降り自殺があった」という噂になってしまったようだ。自殺は失敗したのに。
毒物。練炭。薬物。これは全く効かないか、恐ろしく死ぬほど苦しくなったり眠くなったりすることはあるがたんに死ぬほど苦しくて眠いというだけで死ねなかった。
完全自殺マニュアルにのっていそうなのは一通り試した。死ねなかった。
色々疑問もあった。胴体が上下半分になったら俺は2人に増殖するのだろうか? いままでの経験に基づくとおそらくどちらか片方が残るのだろうが。飛び降りで脳を粉砕したときは首から上が自動再生されてこぼれた脳漿や飛び散った頭蓋骨の破片はその場に遺棄された。首を切り離したら多分もう一つの首が生えてくるだろうと、俺自身にはなんとなくだがそう思える。
ある日、思い立って、火葬屋に行ってみた。灯油をかぶって火をつけた程度ではぬるく、数千度の熱ならおそらく蒸発できる。そうあるはずだと自分に言い聞かせた。焼身時にのみなぜか意識をなくせたのも理由だ。
「あの、火葬にしてほしいんですが。ワタクシ本人なんですが。生きたままでも大丈夫ですから」
「ハァ?」
「いえすみません。私を焼いてほしいんですけど……」
「(受付の周りの人達にごにょごにょと)警察呼びましょうか……?」
「失礼しました、失礼します」
警察沙汰になるまえに帰ってきた。
もうこんなのばかりだ。死にたくなった。いやもとから死にたいんだけど余計に。
しかし、大掛かりな、たとえば火葬なんかをやろうとしてもなかなか試せるものではない。
木をミンチにする機械に飛び込むというのも試したいが、物凄く痛そうで怖いし、それでもし生き残りでもしたらどんどん騒ぎが大きくなってしまいそうだ。死刑になればいいかもしれないが、膨大な時間、そしてもし死ねない者だとバレた場合、世界的な大事件になってしまい、政府に解剖されたりと深刻な事態になるだろう。まあ日本政府はそんな解剖なんてする組織じゃないだろうが。
とにかくこの死ねないからだのことが広まってしまうのはどうしても避けたかった。そんなことで有名になんて絶対なりたくない。
そんな中、昨日メールをチェックしたとき、朗報に気が付いた。自殺志願者を殺すことを請け負っているサイトにせっかくだからとりあえず登録しておいたモノへの返信だった。俺からの注文に応えられるという。
俺からの注文は「一瞬で苦しむことなく」「毒の薬物や練炭など死体が明確に残るのはダメ」「数千度の熱で蒸滅してほしい」といったいくらかの冗談めいたものだった。
その「返信」には、ある地点へのGoogle地図のリンクがあった。そこの中央にある小山に潜んでいればOKとあった。
そして早速その地点へ行った。荒野で、2メートルくらい盛り上がった小山のてっぺんには大きくバツ印があった。そして地面を少し掘った浅い横穴があり、中に隠れられるようになっていた。上空からは見えないはずだ。
飛行機が飛んでくる音がした。もうすぐだ。ナパーム弾の直撃。これでダメだったらあきらめよう。
「鬱悠焼失」完。
一応、google:宇宙消失。イーガンはひとりっ子とディアスポラしか読んでなかったりします。