ヌメジ

今田が入ってくるのを初めて見たときは別になんとも思わなかった。ああ、この店に来ることがあるのか。と。
だが俺が見つかってしまって、「あれ? 一緒のクラスだった?」と名前を呼ばれて声をかけられてしまったときには少しイヤな気分になった。しかしイヤな気分を極力出さないように挨拶した。
「ああそうだけど。ひさしぶり。今田君この店によくくるの? つーかそれより学校はとっくに始まってる時間だと思うけど」
「いや、サボりだよ。お前と一緒で」
俺はサボりたくてサボってるわけではない。朝起きれないから8時半までに学校へ行けないのだ。定時制の科に通っている。
朝起きれないというのは病気の一種なのだそうだ。すくなくとも医者によってそういうレッテルが貼られてしまった。薬も飲まされている。
今田は「ちょっとあこがれてたんだよ。学校の始業に出ないで昼間から遊びまわるの」と自分がグレてみているのを楽しむばかりといった様子だ。テメーは普通に通ってろアホウ。
薬のせいで常にあるヘンな浮遊感が、その今田へのかすかな怒りで増幅されたようだ。眩暈のようなフラフラフワフワとした感覚がより強まってきていた。いくらか意識も朦朧としている。
それから1週間ほど、ほぼ毎日同じような時刻に今田と遭遇してしまうハメになった。まあそれも友達がいない俺には独りでボケーっとするよりはある意味マシだと思ってはいたが。
今田は俺をサボり仲間だと勘違いして、青春を謳歌しているかのような気分にでもなっているようだ。将来、今グレてたことを過去の武勇伝として語るつもりだとでもいうのか。
今田の「グレたつもり」度が上がるたびにこちらは薬とイラつきのコンボによる「フワフワ」度がどんどん上がっていた。
ある日、フワフワが最高潮に達し、堰を切り、今田に怒鳴りつけた。「テメーはまともに学校イケやゴルァ! グレてんのがそんなにカッコイイとでも思ってるのかゴルァ!」
今田は「あのテスタメント強くね? もう10連勝くらいしてるみたい」と言った。
俺の叫びは、今田には聞えていなかった。フワフワした感覚の、俺の夢の中でのみの音声だったようだ。
「何寝てるんだよw」という今田の声を聞いた。なんてウゼーんだ。チクショウが。
「フワフワ度&グレ今ウザー」完。