昼チュン

窓の外に見えるあの木の葉っぱ最後の一枚が散ったとき私の命も終わるのだ。ついにはそんなギャグマンガのお約束みたいなことも考えるようになってしまった。実際そういう気持ちになってみると、たとえば横断歩道を歩くとき白い部分のみを踏まないと“死ぬ”、という謎のルールで歩いてみるときと同じノリであると思えた。それの深刻度が高いバージョンだ。他には、横断歩道を歩くとき白い部分を踏んだら爪を全部剥がす、というルールを決めるのとも同じだ。もちろん、横断歩道を歩くとき全ての縞の白と黒の間に足を置かなかったらゼラチンキューブをのどに詰まらせる、というルールを決めるのとも同じだ。
だがその木と、その葉っぱは、この静養地につれてこられてこの部屋に放り込まれたときからずっと1枚だけがついており、そして落ちてたまるかとばかりにしぶとく生き残っているようなのだ。それに、見える範囲では、葉っぱが舞い落ちる様子も、よく考えると一度も見ていないような気がする。随分前に他の葉っぱ全てが落ちてしまい、あの1枚だけが生き残っているのか。
葉っぱが落ちたら死ぬが、それは非常に難しいことのようでもある。なんだかんだ言って、自分が死ぬなんてのは死の間際まで考えられないものなのかもしれない。
あの茶色い葉っぱはもしかすると誰かに接着剤で枝に固定されているのでは、とふと思う。そんな嫌がらせはありえないだろうが、もしそうだったらと妄想するのは楽しい。
昼食が運ばれてきた。運んできた職員は一着しかない潜水服のような完全防備な防護服に身を包んでいる。実際は、職員なのか何なのかわからない。それに私の前に現れるのは彼一人しかおらず、また、鳥の鳴き声が聞えるのと、彼の足音以外は、全く音が無いようなほど静かだった。この建物には彼と私しか居ないのかもと思った。
監禁されている部屋の(だって外に出してもらえないんだもん、こういう言い方になる)引渡し口に昼食が入れられる。缶詰と非常食っぽい焼き菓子の塊だ。私はベッドの上で感謝のお辞儀をすると、彼も少し返事のような仕草を見せる。彼の顔は防護服の一部に隠されて全く見えない。
鳥の鳴き声を聞きながら食事をして、食べ終わる頃、突然ぬるぽが起こった。間違えた。爆撃があった。
なぜ爆撃だとわかったのかというとヘリっぽいバダバダバダという音が近づいてきたのに続いて強烈な光とすさまじい轟音と大爆発的な破壊があったから多分爆撃だと思ったのだ。一方の壁は崩れて粉々だ。外に出られた! しかし痛い。怪我がひどい。左腕が折れてしまったようだ。泣き喚きながら、彼が無事かどうかが気になった。彼は壊れた壁の残骸の下敷きになっていた。うめきながら駆け寄って助けようとした。
そこで私は彼が死ぬのを見た。防護服のメットが割れており、そこの皮膚がどろどろのオーギョーチになっていた。「しっかりして!」と無責任に呼びかけたが、結局全身オーギョーチになってしまったようで、防護服はドロドロの地獄のデザート入り袋になってしまった。どんな爆弾なんだよ! ていうかじゃあ私が無事なのは?
ヘリの音の中に鳥の声が聞えた。鳥の声はまったく鬼気迫っていない。
ヘリがヘロヘロとやる気の無い蝶のように危なっかしくヘンな方向に曲がりながら飛んできて、近くに墜落した。
そこまで息を切らして走っていった。
残骸の中に服に包まれたヒト型のオーギョーチの塊2つがあった。パイロットだろう。
鳥の声がした。相変わらず危険とは程遠いチュンチュンという鳴き声だ。
その鳴き声のする方を見た。しかし鳥の姿は無い。
よく見ると、浮遊する機械のようなものが目に見えた。生気の無い人工の木の間を飛び回り、鳥の鳴き声を出しているのはこの機械たちだったのだ。施設の利用者である私へのハナムケってやつだろうか。
機械や新開発の人工の木には効かないのだろう。私が発する、無色無臭の空まで届く殺人ウィルスは。いや、臭いのは自覚できないっていうし、臭いはあるかも。
「鳥ポッド」完。
一応、トリポッド 1 襲来 (ハヤカワ文庫 SF)。全4冊。