フィギュア

『四角くて黒いもの発見される』
1999年、大西洋に浮かぶザヒウヅエ島でその直方体は見つかった。直方体は、ザヒウヅエ島を領土とするアマチャス共和国の、同島に本部を置く調査研究チームによって発見された。彼らの発表によると、山のふもとの地層を調査していて地下およそ1330メートルの深さに、通常では考えられない頑丈さで機材のドリルが通らない部分を発見した。地層は1500万年前以上も昔のものとみられている。採掘にとりかかったところ、その直方体が掘り出されたという。しかし、彼らはその直方体の発見について非常に少量の情報しかだしておらず、直方体の一部を写したという写真が公開されているが、黒い四角の角が写っているとだけしか言いようがないもので、寒い冗談か何かであるという見方も強まっている。
☆☆☆☆☆☆
フィギュア萌え族って何ですか?」
「さあなんだっけ。なんか犯罪者予備軍だとか犯罪者をひとくくりにして『犯人はフィギュア萌え族だったこいつらは危ない』とか言った人がいたんじゃあなかったっけ。うろおぼえだけど」
「へえー」
「かなり非難されたらしいよその発言した人は。人の個人個人の趣味に向かって、まあ言ってみれば“差別”みたいなことをしたから叩かれたのかな。じゃあテレビで2時間ドラマの殺人事件ばかり見てる主婦は殺人萌え族かよ、とかね」
「なるほど」
「人形を愛して何が悪い、とかさ、直に犯罪者予備軍扱いされた人からはまあそういう直接的な反応もあったかな。だってりかちゃん人形とかあるだろ女の子の人形遊びはどうなるんだよ、とか、男の子が人形で遊んだら『女じみてるから気色悪い』っていうつまり気色悪いって言いたいだけなんだろ本当は、とか、まあ叩かれる要因はありすぎるな。結局あれは“釣り師”だったのかもな」
「ツリシ?」
「えーと、魚釣りみたいに、頭悪い発言をエサにして議論や罵倒を引き起こす人のことかな」
☆☆☆☆☆☆
『巨人の復活?ネットに謎の動画』
アマチャスのザヒウヅエ調査団が直方体の開錠に成功したという情報が、インターネットに流出していることがわかった。インターネットにはその開錠の様子だといわれている動画と、実は箱だった直方体の組成に関する情報とみられるものが流れている。これについてザヒウヅエ調査団は「コメントを差し控える」としている。
動画には、調査団とみられる人物数人にとりかこまれた、各辺が約5メートルの直方体の上部の四角板が動き、それが斜めになってズシンと横に落ち、箱の中から巨大なうごめくヒト型のものが気味の悪いゴツゴツした黒い肌の頭と肩を覗かせる様子が映し出されている。巨大なヒト型はカバのような唸りを上げており、見守る調査団はしきりに「ひどい臭いだ!」「なんてことだ!」とわめいている。
ネットに詳しいジャーナリストの草刈正夫さんは「よくできていますが、着ぐるみですね。動きが人間の動きです。もし動画の生物が本物なら、象やキリンを越える“巨人”ですが、動画の信憑性は非常に薄いといわざるをえません」とコメントしている。
☆☆☆☆☆☆
「基本は妖精さんだろ」
「えぇー?」
「昔から、小さいのがいいんだよ。だって“フェアリー”が身長4メートルだったら怖いだろ?」
「まあ確かに。でもそういうキャラいたよね。じゃあ大きめの人間サイズだったら?」
「175センチとか?」
「そう」
「うーん、俺と同じ身長の妖精ね。微妙だな。そういうコスプレとか直に見たことないから……でも実際見たら引くかな。いやわからないよ。いや、当然、普通の格好した普通の女だったらそれは二次元とは完全に切り離せるからまた普通の感じしか受けないけど、二次元のそういう脳内情報とリンクさせられると、うん、引くよ多分」
「じゃあ二次元キャラでそういう180センチの妖精があったら」
「それは普通に、アリなものを作ろうとして作られるわけで、アリになるんじゃない?」
「そうかなあ。ハナシ戻すけど、それじゃ大昔から今のサイズの萌えフィギュアがもっとたくさん無くちゃおかしくないか?」
「いや、あったんじゃない? 西洋の人形とかあるじゃん。だから美術の価値観が全然違ったころには埴輪なんかもあるし、あれもサイズ的には萌えフィギュアだろ」
「西洋の人形ってローゼンのアレか」
「そうそう。フィギュア萌えってのは今に始まったことじゃないんだよ。すげえ昔からあった。キショがられてるかは別として」
「そうかなあ」
「だから、ちっちゃな妖精さんやらホビットさんを編みだした昔の狂人や教授が、今のフィギュア萌え族とか呼ばれてる種族の祖先なんだよ。間違いない」
「まあ、わからなくもない」
☆☆☆☆☆☆
『ザヒウヅエ調査団からの(?)“作品”またも』
先日お伝えした動画騒動の冷めやらぬなか、あらたな動画がネットをにぎわせている。前回の『巨人復活』はおどろおどろしいものだったが、今回のものは、一種のコメディであり前回のものを見てインスパイヤされた何者か達による技術クオリティの高いジョークであると見られている。
今回の動画には、“前作”で箱から復活した「毛の薄い黒い4メートルのカエルっぽい巨人」が調査員達とすごす様子が映されている。巨人は調査員から渡された腰布を身につけ、調査員達から食事を分け与えられ――果物が好物だそうだ――象のように貪り食う様子や、モザイクがかかっているすさまじい排泄の様子、そして箱の中にはいっていた粘土と鉄槌と箱(箱の中に入っていた箱で、2メートル立法ほどの大きさ)をいじくる様子、ボディランゲージで覚えたアッチムイテホイをする様子等が映し出されている。調査員の女性が「彼は心優しいこの星の先住民。私は彼がなぜこんな箱に入って寝入ろうとしたかを彼から聞きだすつもり。でも、彼の心の傷に触れないように、優しくね」と喋る様子も映っている。
草刈正夫さんは「実在の調査団をネタにするのは問題がある。だが作品は面白く、続編への期待が大きくなっており、もっと問題の無い形で発表するべきでは」とコメントしている。
☆☆☆☆☆☆
調査員・マリアは彼とジャンケンとアッチムイテホイをできるほどになってしまった。どうやってやったのかは自分でもよくわからなかったし、ファーストコンタクトはよく覚えていなかった。自分の両手と全身を使ったボディランゲージにはなにか天性の才能があるのだろうかとも思ったが、それより彼の知能のレベルが人間の幼児よりはるかに高いという可能性の方が高そうだった。彼はイビキや目覚めのノビ以外にも、オロエロアロというような唸り声を上げることがあったが、それが意味を成す言語であるとは思えなかった。彼が持っていた、というか一緒に箱に入っていた、粘土と鉄槌と箱(箱の中に入っていた箱)が何なのかを、調査団は調べたがったが、彼がそれらに他人が触れることをあからさまに嫌がったので、マリアは「さわらないでおいてあげて!」と彼をかばった。彼はマリアが味方であることを理解したようだった。そして復活から1ヶ月ほど経ったあるとき。彼は、いつものように食料を――今回はリンゴ――を持ってきたマリアをいきなり抱き上げた。マリアは驚いたが、それでも彼が心優しいと信じ――まあそれより声にならなかったというほうが大きいが――大きな悲鳴を上げはしなかった。そして彼は、マリアがいつも持っていた携帯端末を握りつぶした。そして、マリアを床にゆっくりと下ろした。録音と撮影をするカメラが壊された、そのケータイのストラップのザヒウヅエ君人形が床に転がった。彼は、おもむろに自分の“持ち物”を持ち出してきた。彼はマリアにだけ見せる、という仕草をした。これは言葉は無いものの、人間同士のやりとりと同じだと、マリアは感じた。彼は箱(箱の中に入っていた箱)を開け、マリアに見せた。そこには……人間が入っていた。人間の、女性だ。少女というのが近いかもしれない。マリアはどういうことか理解しようと努力した。彼の子供か?しかし彼は人間よりもカエルとサルの間といった感じで非常に醜く(マリアの寛容な評価で見てもだ)、少女はとても似ているとは言えず、サル顔という感じも受けるが、それなりに美しかった。彼は、床に転がったザヒウヅエ君人形を拾い、指差し、マリアの方を見た。この少女。少女。と、人形。少女と人形。何だ。彼は、残りの持ち物、鉄槌と粘土を持ち出した。そして箱(箱の中に入っていた箱)から金属製の板のようなものをとりだした。そして、粘土を彫刻しはじめた。彫刻というのは正しくない。鉄槌で板を打ち付けるたび粘土が奇妙に振動して、出っ張りができる。数回しか叩かないうちに、粘土は彼の脳内からイメージを具現化するかのように魔法的な変形をとげた。それは人間の男子になった。マリアは悟った。彼は、彼(彼の眷属がもしいるなら「彼ら」)にとって美しく小さくかわいらしいフィギュアを作ったのだ。1500万年近くの昔に。