“実と肛門”は名曲

俺は言われたとおり駅前で人を探していた。「猫背で待ってます」、それが目印だと言われた。駅前の、駅の正面からはやや外れたところにある灰皿とベンチのセットに数人がおり、皆何かを待っているという感じだ。大半はバスを待っているのだろうが、バス停からは、嫌煙家のためにか、多少離れている。
居た、猫背の男が。猫背さ加減は確かに目印になるほどの猫背男だった。
いなければよかったのにと思った。どうする。声をかけるか。まあなんてことはない人違いぐらいはなんてことない。旅の恥はかき捨てという。まあここはよく来る駅前だが。
「猫背の方(かた)ですか?」
と俺が聞くと猫背は
「いえちがいますよ」
と即答した。
「ちょ、待ってください。えっと、猫背の方ですよね?」
「いえちがいますよ」
「いや普通は『何ですかそれ』とか『はい?』って反応だと思うんですけど」
だがしかし“イエチガイマスヨ”は合言葉のハズだった。そいつは『声をかけてきたら“イエチガイマスヨ”って応えますから、それが目印です』とか言っていた。俺はそれを自分でもよくわからないような感じでざっと説明した。
「“何ですかそれ”」
「えぇ?今さら言っても……」
「“はい?”」
「いやだから『イエチガイマスヨ』が合図……いや目印……ですよね? だからあの、ネットの3ちゃんねるの突発オフの」多少まわりを気にする。
「いえちがいますよ」
「釣りってやつですか?誰に頼まれたんです?」ヒートアップしてみた。
「知りませんよ。何言ってるんですか」
「でも猫背ですよね」俺は何を言っているんだ。
「まあ猫背ですね」
「猫背で待つっていうくらいだからあれは」俺は270度ほど視線をめぐらせ「この近くでニヤニヤしながら見ている奴がいるんだろう?チクショウ。なんて釣りだ」
そこで猫背は
「何ですかもうどうしろっていうんですか」スクッっと背筋を伸ばし「それじゃあいいですか、ゴホン」と咳払いをしてから低く響く大きな声で
ぬるぽ
俺は四角を手にとってその右手を上に掲げ
「ガッ」
猫背と一緒にダッシュで駅のほうに駆け込んだ。
こうして『明らかにネットのなんたらな会話中のぬるぽ発動時の人々の反応』の映像をその4面パノラマカメラで撮ることに成功した。
しかし、その画像はたいしたものではなかった。1ダースほど人々が写り、携帯電話を弄っている人が4人写っていたが、皆どう反応しているということもなかった。人々の無関心を装う技能は軒並みHeroicであるらしい。面白みはゼロだ。
猫背は
「“ぬるぽ”はちょっと古かったかな?」
まあ古いかはともかく“いい○○だな、ちょっと借りるぞ”よりははるかに一般的だろうな。