ショートショート『忙しい人のための「ドラえもんのうた」』

不思議なのは、それがそのウェブラジオと関係あったとしたら、なんのためなのかわからなくて、関係ないのだとしたら、これからわたしが話すことが、どうしてそうなったのかわからなくなることだ。
電車は、満員電車の八割といった混みぐあいだった。
七人が座る座席に座るわたしの左隣には二人、右手には四人いた。
おそらくは、みな目の前でつり革につかまって立っている人の下半身あたりを見ていたり携帯を見ていたり、またはわたしと同じように本を読んでいた。
本の中の主人公がDVを受けていることを隠そうとしているのと同時に、イヤホンから、忙しい人のためのドラえもんのうたが流れ始めた。
わたしは反応して、変に意識して、本の中から引きずり出される感じがした。
「こんな手でかなえてくれる」のせいで、主人公のあざのできたまぶたのところから先へすすめない。
本の主人公が教授の異変に気付いた。
イヤホンからは「便利なドラえもん」と聞こえた。
そのとき。
席の七人の一番左、わたしから左に二つ目の人の胸のあたりに、何かきらりとゴミのようなものが見えた。
それがあのようなおそろしいものだとはそのときには当然わたしは気付いていない。
「古代の機械でかなえてくれる」
わたしは主人公が教授の異変に気付くところから先へ進まない。進めない。
「せこいドラえもん
わたしのすぐ左隣の人がかすかにビクンとした気配があった。
ちらりと見る。
左隣の二人とも胸のあたりに何か針のようなものが見える。
自分の中のマナーに反するので顔をみることはできない。
わたしは視線を一瞬だけ上げる。目の前の下半身や鞄のむれにも何かあるのではないかとちらりと見る。
しかし、もちろん、人が死んでいるとは思わなかったし、寝ているだけの人に大丈夫ですかとかいえないし、針ではなく糸のゴミかもしれない。
ウェブラジオのその曲は終わった。
教授の異変は何か非常に不可解なものなようだ。
「オケイ! ヤア! ヤア! ヤア! ヤア! ヤア!」
イヤホンのウェブラジオからその曲が聞こえたとき、わたしは思わず立ち上がった。次の駅まであと一分くらいだったので特別不自然ではない。
わたしが立ち上がると、空いた席にすぐに女性が座った。
わたしは出口付近に辿り着くことだけを考えた。
いや……
ドラえもんが! ドラえもんがくる!
という恐怖についても考えていたといえるか。
「りーぶみーあろーん」
わたしは女性のところを見る。
「All I want!!」
針が光る。
誓って言うが、全部気のせいだと、そのときのわたしは思っていた。
電車は駅に着き、わたしは当初の目的とは違うその駅で下車した。
その後。
わたしはテレビを見ないし新聞はテレビ欄と四コママンガと小説しか読まないのだが(テレビは見ないのにテレビ欄をみるのは別に不思議ではない)、電車の中で三人の人間が殺されて死んだまま十駅以上過ごしたというニュースについてはいくらか読んだ。
でもわたしの立った席についた女性が死んだかどうかは知らない。
ご存知のように、犯人のグループはすぐ捕まり、朝青龍のニュースに上書きされてそのニュースも消えた。
参考リンク:
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4233872
http://www.youtube.com/watch?v=PFF14JBtmu8