ショートショート『パシェニャと定期的審判』

「パシェニャ、ちょっと聞いてくれ。この国は最悪なんだよ。政治改革とかナントカ改革とか――」
「全然最悪とは真逆だと思うけど? こんな平和なのに……この国が最悪とかいうことをしゃべっててもなんともないくらい平和じゃない」
「ちょっとまって、さえぎらないで。いやでもなんでいきなりそんなに答えられるの!? まあそれでもいいんだけど、とりあえずなんとか説得されてみて。もはや改革なんて甘い話でどうにかなる段階ではないほどこの国は最悪だよねって話だけど」
「この国が実はかなり最悪なんだけど、誰も全然そうは思わないってところが問題かもしれないわね。ニセモノの平和でニセモノの幸福で、その幸福モドキのウラには凄まじい数の自殺者がいるみたいね。そういう見方もあると思うわ。そういう話?」
<tada.wav>
「そういう話らしいね」
「今の音は何!? 昔のパソコンの『じゃじゃーん』みたいだけど。そのケータイアプリ?」
「ポイントが 1 になってる」
「なるほど、そのアプリは近くの危険思想を検出してポイントが増えるのね」
「なんでわかったんだ」
「地球を壊したい宇宙人がいて、地球が危険だと証明するためのテストで、100ポイント溜まったら地球を壊す、そのポイントをためる手先になったわけね、アキラが」
「その通りすぎるよ。解説ありがとう。タイムリミットは今日の17:00らしい」
 
「まだパシェニャのぶんの1ポイントだけで、もう16:45じゃないか!」
「冗談なのかどうなのかの押し問答で三時間もねばられるとは思わなかったわ。
 なんでその時間を使って他の人を説得しなかったのよ?」
「一人では無理なんだ、工作ってのは……」
「それはわかったから。
 宇宙人じゃなくて、<秩序の神>のせいで世界が終わるんだったわね。<秩序>がまもなく増大して、均衡がなくなって、この宇宙は<秩序>の終点である水平線だけの世界になり、消滅する。アキラは破壊的な<混沌の神>の思想ポイントをためて<混沌>ここにありを証明しないといけない……って話だったわね。すごくわかりやすくてよかったから、たとえばもっとそこらへんの小学生とかに話したほうがよかったんじゃないかと思うのよ」
「『話をしよう! 諸君、この国は最悪だ! そんな総理で大丈夫か? とかそんな甘っちょろい段階ではない!』」
「何いきなり叫んでるの。しかもそんな台座のうえで」
「『もうこの駅前の人ごみで叫んでどうにかするしかない! そうだろう! 同志!』」
「警察につかまるからやめた方がいいと思うわ」
「『いいツッコミじゃないか! きみにはその調子でツッコミ役をたのんだぞ!』」
イカを語尾に置いたら次はゲソをいれなさいよ」
「『大丈夫だ、問題ない!』」
<デュン>
「なんか今、エラーの音がしたわ」
<デュン><デュン><デュン>
「うわっ、数値がマイナスになってる! 近くの人が<秩序>に傾いたのか! そんなのもあるのかよ! みんな一見無視しているみたいだけど、そこの通りすがりの人とかも実は相当<混沌>が嫌になったんだな」
「風が出てきて寒いから帰るわ」
「そんな、だから冗談でなくて、ここまでやってる時点でマジで協力してくれよ!『この国は最悪だし国会議員も半分近くはどうでもいいと思っている!』」
「涙ぐましい努力ね。でもだれも聞いてるフリすらしていないし、本当に風が強くなってきて寒い」
<デュン><デュン><デュン>
<デュン><デュン><デュン><デュン>
「『愛も平和も自由も正義も勝ち組だけが独占しているんだ! 対抗するには!?』まってくれ。きみはなぜか危険思想ポイントにカウントされたよね?」
「ちょっと、本当につかまるわよ。雲行きが怪しく……文字通りに黒い雲が出てきてきるし」
<デュン><デュン><tada.wav><デュン>
「『やつら、やりたい放題のやつらに対抗するには、もはや全てをぶち壊すしかない!』ほら、ちょっとマイナス22あたりで、危険思想がちょっとだけ増えてもいる」
「むこうから警官とかきてるわよ。あ、あれは政治家の宗山胸男!」
「『スクラップアンドスクラップ!』胸男がきた!? 駅前なんかに何しに来たんだ!」
<デュン><デュン><デュン><デュン><デュン>
<デュン><デュン><デュン><デュン><デュン><デュン>
「演説じゃないの? ほら、宗山胸男の演説です、って感じに演説が始まった。人が集まってると思ったらこれのためだったのね。あと、あまりに寒くて何もかもが灰色になってきてるわ。いくらなんでも」
「『だから! 壊せ!』ポイントがマイナス90まできてる! くそっ<秩序の軍勢>どもめ!」
「みんな無視して胸男の話聞いてるじゃない。しかも向うのほうが物理的に20倍くらいの音量の高音質拡声器だし」
<デュン><デュン><デュン><デュン><デュン>
<デュン><デュン><デュン><デュン><デュン>
<デュン><デュン><デュン><デュン><デュン>
<デュン><デュン><デュン><デュン><デュン>
「うわあああぁぁぁ! マイナス100! さすがに政治家の演説は強い!
 ペナルティがくる! 『本当の正義は、そんなふうな政治とカネとによっては決して――」
「ちょっと何倒れてるの? 気絶? 気絶してるかどうか確かめてもいい? どう? あーあ。本当に気絶してるわね。この部位を打撃しても起きないのは」
 
「はっ!?
 そうだ、説得を、みんなを説得『最悪だ!』
 いや本当に最悪だ、もうタイムリミットまで3分もない!
 なんだこの空の色は!? <秩序>め!
 どうもほんとうに世界が滑り落ちて消滅しそうだ!
 聞いてくれ! 『もう壊すしかない』
 くそっ! 『一番いいスクラップを頼む』
 ぐああぁぁ! だれも聞いちゃいない!
 あとなんか腹が殴られたみたいに痛い!
 ぼくのような<混沌>はもはや声すらも封じ込められはじめているのか!
 そうだ、パシェニャは!?」
「わたしはちょっと胸男を狙撃しようとしている最中だからあんまり話しかけないで。この強風の計算はできているけど、そのあとの集中が重要なのよ」
「電話か! もしもし!? どこにいるんだ! 銃を持ってるのは知ってたけど、しかし暗殺はやりすぎなんじゃないか……
 というかなんで急に協力的に……」
「アキラがいまさらそれをいうの!?
 わたしも、声も何も出せないようになったのよ!
 聞こえていないってだけにも思えたけど!
 なにもかもグレースケールだし、
 アキラは起きないし、周りの人には存在自体が見えていないようだし――」
「いた! きみがいるのはあのマンションのベランダだな!」
「よくみつけたわね。100メートル以上離れたのに」
「たぶん<秩序>に染まった群集の中で<混沌の軍勢>が一人いると目立つとかそういうことなんだろう、それで実は<混沌>に属していたきみがみえているんだろうね、とにかくやばいから――」
「この世界が終わるよりやばいことなんてないと思うんだけど。
 胸男はなんかこう、巧みなユーモアを披露してたわ。
 いわく、
 『
  国会議員も半分近くは何も考えていないバカだ!
  っていう人がいました。それで、わたしくもたしかにそうだと思って、
  言ったんですよ「国会議員の半分はバカだ」ってね。
  そうしたら議員の方々はみんな怒って。
  取り消せ! 撤回を要求する!
  だからわたくしは取り消したんです、
  「国会議員の半分はバカではありません」
  』
 それでみんな爆笑してたわ。
 そのユーモアとあわせて、本当の<秩序>を語っていたわ。
 まあ感動的だったかもしれない。
 <混沌ゲージアプリ>はマイナス404ポイントくらいいってたわ。<秩序>の大勝利ね」
「狙撃して殺すのか!?」
「あんなネタで爆笑して支持される胸男を見ながら、なにもせずに世界や自分が消滅していくよりは、殺すのがいいと思うの。
 私の時計が合っているならあと1分もないわ。
 ていうかもっと<混沌>サイドになった私を応援しなさいよ」
「『やめろ!』」
「私のためにならないとかいうことかしら。あれ、なんかみんなこっちを見てる気がするんだけど」
「すまない、もしかしたら今の行動自体は<秩序>のもので、それでぼくがいま指差したのと叫んだのがみんなにわずかに聞こえてたり――」
「なんでそんな説明する余裕があるの!? ちょ、胸男までこっちの、このマンションのほう見てるじゃない! ターゲットがボディガードたちのかげに……
 いったんここを離れて別の場所から――」
 
世界は消滅しなかった。
<混沌>――破壊とスクラップ・アンド・スクラップをポリシーとする危険な思想が、
<秩序>――法と正義と平和などなどといった政治家の語る思想を押し返したのだ。
 
その政治家自身は、そういえば、その法と正義と平和などなどに属していなかったかもしれない。
しかし彼の話を聞いていた人々は彼自身も含めてみな、その法と正義と平和などなどが絶対によいものだと思いはじめていた。
筆者の個人的な意見でも、法と正義と平和などなどはなかなかよいものだ。
しかし絶対によいものだとは思えなくなる場合もあるはずだ。
たとえば、この主人公アキラみたいに<混沌の神>のテストをやらされる場合とか。
 
話を戻そう。
そんななかで、死と破壊の<混沌>は、パシェニャの活躍により、今回のテストでプラス404点くらいを出した。
パシェニャはベランダから離脱しようとして、
衆人注目の中、干してあった布団を16階から落としてしまったのだ。
布団はブワーっと強風に乗った。
宗山胸男は、筆舌に尽くしがたい大音声の
「ふとんがふっとんだ」
という発言と、それにつづく地獄のヒキガエルのような「グハハハ」という発言のふたつの発言のコンボにより、
少なくともその場のその瞬間には、ほとんど全ての人の心に、
残虐な方法で彼を殺したいという気持ちを呼び起こさせたのだった。